つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

乗り越えると それは別のものに変わっていくが また同じ場面に出くわすと反応は同じ 違うと言ったら余裕を持ってその場を対処できること?

今、一人で「3食を何食べようイベント」をやっています

何かというと

 

・できるだけお金を使わないで(家にあるものを活用して)

・食べたいと思ったものを食べ

・幸せ感を味わう

 

というものです

 

妻がたくさんご飯の作り置きをしてくれているので

それこそビュッフェのように選び放題なんで助かっています

 

 

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昔参加した国際会議のビュッフェから一枚

わたし短期間だけれど

一人暮らしをしたことがあって

その時の食生活と言ったら

「グルメ」だったそうです

 

学生でいうグルメですから、学食ではなくてカフェといったレベルです

 

何を食べようかで迷ったことを思い出しますが

思い出に残っているのは「美味しかったなー」・「楽しかったなー」

 

でも

今日のように何を食べようかという場面になると

あの頃のようにご飯のことで悩み出す自分がいる

 

なんだか不思議なものですね

 

乗り越えると

それは別のものに変わっていくが

また同じ場面に出くわすと反応は同じ

違うと言ったら余裕を持ってその場を対処できること?

 

 

学生時代と違って

なんとかやり繰りとなくてはとか

食材を食べ尽くさなくてはというプレッシャーがない分

 

あー、これ食べたいな!と思うものを優先した結果

意外なことがわかりました

 

それは

毎日ルーティンのように食べたり・飲んだりしているもの

これ

ぜんぜんルーティンじゃなくて良いのかも???っていう感じ

 

この企画

もう一日やってみて感想をまとめたいと思いますが

そうなると食べ過ぎを防げて

食費も浮くので

なんだかうれしい予感🤗

 

今まで集めたことでまとめるしかないのではないか

冷蔵庫ほか家にあるものを食べてしまおうという一日を過ごしました

その中でもう一つ「食べたいと強く思うものを食べよう」というのも忘れずに

前半だけだったら学生のとき何度かやって

もう嫌になっちゃったんですが

後半を付け加えるとなかなか楽しいです

 

 

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ナイスキャッチのルナ

ところで

パンデミックの終息はまだまだ見えてこないですね

わたし自身、昨年4年くらいと考えたのですが

(これはラジオで航空会社がそう仮定して事業戦略を立てたと報じていたのを参考に)

その数字自体が何か根拠を持って考えたわけではないのですが

終息するのが58歳だとしたら

そこからどうしようと考えていたんですね

 

つまりは毎年楽しみにしていたフィールドワークを再開しようとか

遠地で泊まり込みであちこち歩いてみようとか

 

ここ数日

もうそれはできないのではないか?

(年齢と費用的に)

だとしたら

今まで集めたことでまとめるしかないのではないか

そんなことばかりを考えていました

 

こういう発想ができるのも

研究者として取り組んできた経験があるからですよね

 

そこからです

家にあるものを食べてみようという企画を思いついたのも

休めの指示に従わなかったわたしですが いつの間にかできるようになりました

昨日は一日ボーッとしていました

気分が乗らない時は

何もしないでいた方がいいんです

そんなことを12年間の闘病生活で学んだと思うのですが

いつ学んだんでしょうね

思い返すと焦ってばかりいた闘病生活だったと思うんです

 

ドクターからも

家族からも

休めって言われてもなんかやっちゃう

 

結局ふりかえると

休んでないんですよ

 

もちろん今から見れば

休んで何かできたかと言われたら

それこそ散々なできだったりで

 

思い返すと

休むときは休む

それをしておいた方がよかったと思います

 

 

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エネルギーが上がってきたので、今日は出かけてみました

 

ただね

ドクターや家族が休めって言ってくれなかったら

ずっと気がつかなかったんじゃないかと思います

それは確か

 

その時は

その指示に従わなかったわたしですが

いつの間にかできるようになりました

育ててくれてありがとう 育ってくれてありがとう

わたしは親だけでなく多く人に育てられたと思っています

だから親になったとき

自分の子どもたちだけでなく

ご縁のあった多くの子どもたちにできることをと思って

取り組んできました

 

人間が生まれ

成長していく

には

途方もないほどの手間隙がかかるからなんでしょう

 

だからです

 

育ててくれてありがとう

育ってくれてありがとう

今日のことはいつか書こうと思うけれど 大変で忘れられない一日になりました

今日のことはいつか書こうと思うけれど

大変で忘れられない一日になりました

毎週お届けするタロット 今週末と来週をあらわすカードは「インナーボイス」 アドバイスカードは「激しさ」 アロハウハネカードは「 生命の源」でした

 

毎週お届けするタロット

今週末と来週をあらわすカードは「インナーボイス」

アドバイスカードは「激しさ」

アロハウハネカードは「 生命の源」でした

 

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毎週お届けするタロット 今週末と来週をあらわすカードは「インナーボイス」 アドバイスカードは「激しさ」 アロハウハネカードは「 生命の源」でした



 

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今日も門出をお祝いしました

辞めることを「卒業」と婉曲表現するのを

15年くらい前から耳にするようになりました

違和感を感じてなかなか受け入れられないのですが

そんな卒業シーズンの年度末です

 

いわゆる課程修了もあれば

婉曲的な卒業もあり

いずれにしても

今までのようには頻繁にあるいは定期的に会えなくなるわけですから

さみしいものを感じます

 

でもしょうがないよね

 

 

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カップ麺のフタをめくったら「当たり?」 自由に旅ができればなー

場はいくつもあっても身は一つ

 

なので

 

いくつも掛け持ちするのも限界があり

 

卒業ということになるのでしょうけれど

 

人生ふりかえって

 

「あー、楽しかったな」とまた訪れたい場所が

 

たくさんあること

 

幸せに感じます

 

一方で

 

わたし自身が逆に訪れられたい存在であること

 

それ以上にありがたいことだと思います