つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

学ぶことと教えること、研究と教育

大学の先生というのは

「研究」と「教育」の両方を担っていると思うのですが

わたしのかつての印象だと研究よりかな

 

若い頃はどうして?と思ったものですが

そのうち

それでいいんじゃんと

いや

それがいいんじゃないかと思うようになりました

 

 

f:id:route66-jp:20210427225158p:plain

研究する姿、今でも研究をしているよ

 

わたしは学生結婚だったので

生活費を稼ぐために

塾・家庭教師を休みなく毎日

そして

結婚してからは大学・大学院の勉強も

しっかり進めました

 

教育と研究のバランスが

一番上手くいった時に

両方の成果が一番よかったのです

 

教えるだけじゃ、学ぶだけじゃ

自分の場合良くないんでしょうね

 

 

もう一度大学進学の機会があったらどの道に進もうか・・・の続き

昨日は

もう一度大学進学の機会があったらどの道に進もうかという話を書きました

 

もともとは毎週参加している体操教室でこの話題が出たんですよね

その時は「間違いなく文系に進む」と言ったものの

 

 

f:id:route66-jp:20210426235815p:plain

今日のレオ

昨日は

「わかんなくなってしまった」と書きましたが

あのあとよくよく考えて

 

ふと

 

社会福祉の学部に進んだんじゃ?

 

って思いまして

 

一人で笑ってしまいました

 

妻にも話したんですが

 

そうしたら一緒に笑っていました

 

 

もう一度大学進学の機会がわたしにあったら どの道に進むだろうか?

仕事柄、進路指導に携わりますが

「自己決定の原則」というものがあり

わたしから「〇〇した方がいい」とは言いません

 

こう言ってはなんですが

「〇〇大学なら△△が学べる」とか言っても

「ホントか?」と思ってしまいます

 

iopscience.iop.org

 

こちらは

わたしが学校を卒業するときに書いたものですが

入学当初こういうことをするとは思いませんでしたし

同じ学校・同じ学部に入った人に対しても

「こういうことが学べるよ」とかは言い切れない難しさがあります

 

 

f:id:route66-jp:20210425225809p:plain

今日はショッピングはおやすみして、レオと遊びました、それがいい


最近の若い人たち

目標がないとは言いますが

わたしも若い頃に〇〇大学に行きたいとかは言っていたものの

目標とは到底言えないもので

 

どこから仕入れたかもわからないような情報を信じ・流され

今に至っているので

進路が見通せなくてはっきり決められない気持ちはよくわかります

 

今日、ふと

もう一度大学進学の機会がわたしにあったら

どの道に進むだろうか?

と考えだしてしまい

 

とうとう

わたしも悩み出してしまいました

 

結局結論が出ないままブログを書いていますが

書き終わったら

この続きを考えるのを楽しみにしています

今週末と来週をあらわすカードは「統一性」、アドバイスカードは「熟成」、アロハウハネカードは「スピリット」でした

毎週お届けするタロット

今週末と来週をあらわすカードは「統一性」、アドバイスカードは「熟成」、アロハウハネカードは「スピリット」でした

 

 

 

f:id:route66-jp:20210424234608p:plain

今週末と来週をあらわすカードは「統一性」、アドバイスカードは「熟成」、アロハウハネカードは「スピリット」でした

 

anchor.fm

きつくなったと感じた時は、プリミティブな方法で気分転換

このパンデミック

 

長いし、いつまで続くかわからない

 

さすがに疲れてきますね

 

生活のこと、この先のこと

 

心配はたくさんあります

 

わたしも長患いした経験があり

 

最初の頃はその時の記憶と重ね合わせて

 

あれこれ思ったのですが

 

あれから一年ちょっと

 

ちょっと疲れてきたかな

 

 

f:id:route66-jp:20210423205802p:plain

もう3年前になるのか、北上川を訪れた時のもの

 

こういう時は

 

体操とか運動をする

 

早く眠る

 

友達と電話でもいいからはしゃぐ

 

そんな原始(プリミティブ)的と言われる方法が

 

思っている以上に効果あるんですよね

足元がすくんじゃうようなことが起きなかったから これでだんだんと自信をつけていきました

わたしは子ども時代つくばで育ちましたが

その後、そこから数十キロ離れたところに転校しました

滅多にいくところではないですし

またその場所の近くを通ることも避けたい

(避けるわけにもいかないんですが)

くらいだったので

 

でも

変わるものなのでしょうか

先月末くらいから大丈夫になってきたような

 

 

 

f:id:route66-jp:20210423000252p:plain

哲学的な横顔と言われ出しているレオ

かつては

会社も行けなくなっちゃったことがあって

こうなると足がすくんじゃうですよね

 

でも

なんで行けるようになったのかは

怖がるようなこと

足元がすくんじゃうようなことが起きなかったから

これでだんだんと自信をつけていきました

 

また

こういう状態になったと思ったらその時のことを

思い出していきましょう

自分のやりたいことはただ一つ 聞いてくれる後輩たちに 楽しかった思い出を綴っていくことかな

昨日の土浦学園線の話で

つくばと土浦を結ぶもう一本の道について書きました

 

昨日は道はわかるけれど

どう説明していいかわからなかったので

後日としましたが

 

わかりました

昔は土浦岩井線と言って

今は土浦坂東線と言うそうです

 

で、

ここからは

何か文献を調べてと言うのではなく

わたしの遠い記憶を書いておきます

 

昭和50年頃は

土浦とつくばを結ぶバスは1時間に一本くらいで

今「学園竹園」と呼ばれているバス停は

「花室住宅前」か「花室住宅」という名前だった

 

このバス停の位置も

2回くらい変わったような気がしています

 

で、これが関東鉄道

もう一つ「茨観バス」と言うのが同じ土浦から出ていて

一日何本だったろう???

 

関鉄バスと時間が合わない時に

こちらのルートがあると調べた時に

時たまベストタイミングだった時もあって

うれしかった思い出がある

 

で、こちらは学園線を通らないので

くねくね道を進んでいく感じ

 

わたしはどちらのルートも好きだったな

 

(これまた後日書くけれど、茨城観光は石下と言うところまでバスが走っていて

関東鉄道もまた石下までいくルートがあってそれぞれ違うところを通っていて

同じくどちらも楽しかった)

 

 

f:id:route66-jp:20210421171940p:plain

こちらは、土浦の坂田の方 3年前の今頃の季節


園都市ができ始めたのが昭和40年代の終わりで

多分、学園線もそのころにできたろうから

旧道みたいなくねくね道がメイン道路だったんだろうね

 

学園線沿いにはお店とかの記憶は

昭和50年当時はほとんど記憶がなく

(記憶にあったのは道路標識のお店と、運送会社の看板)

むしろ

旧道の方がいろいろあったような気がする

 

で、昨日のドライブ中

車内でも話したんたけれど

何があったかと言うのは覚えていなくて

記録もないんだよねと言うこと

 

これはつくばに限らず

自分が住んだ街のことも同じ

建物が解体されてしまうと

「あれ?どこだったっけ?」

とか

「ここ、なんだったっけ?」になってしまうのだ

 

記録とか探せば何か出てくるだろうけれど

本当に大変な作業になるからね

 

ほんとに思い出したいことがない限り現実的ではないな・・・

 

一昨年の自分のルーツをたどる旅では

記録がある150年くらい前からの変化を見てきたけれど

150年経ってしまうと本当に歴史的名所でもない限り

わからなかった経験がある

 

加えて

自分が見てきた期間というのが45から50年くらいでしょう

それとお互い比較しても現実というのがわかるなー

 

繰り返しになっちゃうけれど

自分のやりたいことはただ一つ

聞いてくれる後輩たちに

楽しかった思い出を綴っていくことかな