つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

2016夏・今思えば大きな転機となったクルマでの夫婦旅行(第6話)

今日は第6話ですが

その前に

 

第1話では

クルマで旅に出ることになった経緯と送り出してもらった私のむすこたちのリアクションが印象に残ったなー

 

このことから私の家族での立ち位置というのが見えてくるね〜

 

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第2話第3話では

夫婦で似ていること、わかっているようでわかっていないことなんかに気がつきました

「似た者夫婦」っていう言葉があるけれど、当事者同士になると案外と意識しなかったりすることもあるわけで

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第4話第5話では

人生の忘れ物についてかな

これって私どもでやっているおはなし会「アダルトチルドレンインナーチャイルドの話」にも関係します

もとより、このおはなし会を開催してきたからこうしたことに気がついているわけだけど

 

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3年前の旅行記を今の視点から見て書く取り組み

つまり旅を通して自分と自分を取り巻く周囲がこの3年でどう変化してきたのか

もちろんプラスに感じているから書き始めたのだけれど

あらためて文にしてみると

 

パートナーを通しての自分、過去の自分を通しての現在の自分

そういうのが大きなテーマだったのかなとこれまで書いた内容を見て

自分でそうふりかえっています

 

 

さて、今日からは第6話

今までのような切り口になるのか自分でもわかりません

そしてまだ5話くらいは書くことがありそうです

 

 

 

 

さて

九州まで行ってあとはのんびり東京までドライブするのですが

九州から山口県に入り

そのあと、山陰ルートを通るか山陽ルートを通るかは決めかねていました

 

 

 

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一瞬だけの滞在となった萩の町

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山口県地図 上側が山陰ルート 下側が山陽ルート

お天気がよければまずは角島大橋まで行き

そこから幕末の舞台となった萩に行くまでは決まっていたのですがその先が未定

 

 

私は広島・岡山は行ったことがあるのだけれど

山口の山陽ルートはなくここは外したくなかったので

山口県をぐるっと見物したら

そこからは山陰ルートかなーとぼんやりと考えていました

 

 

ところが萩に着くと

この旅で唯一?訪れたハプニングがおきます

 

 

ご飯を食べ終わった頃から

夫婦で同時に何だか頭が痛くなったり、お腹が痛くなったりしてきたぞー

ってなり

 

 

そのためボーッとしていたのか

食事をした場所にドライブ用のサングラスを置いてきてしまったらしく

でも取りに戻ってもあるはずの場所になぜか見つからないという

 

 

 

どうした?どうした?ということになってしまいました

 

 

今から思うと

どうしてこういうことが夫婦同時に思いついたのかわかりませんが

結局、萩の町から離れた方がいいんじゃないかという話で一致

 

そして無くしてしまったドライブ用のサングラスは

調べるとどうやら広島で売っているらしいことがわかり

 

これで帰りのルートが確定してしまったわけでした

 

 

当時は後ろ髪引かれる思いでの判断だったんですが

今となってはこれでよかったんだ*1と思っています

 

でもね、今はこれでよかったんだと思えるけれど

 

そのまま萩にとどまり、さらに山陰ルートを通っていたらどんな展開になっていたんだろう

とか

そもそも何で頭が痛くなったり、お腹が痛くなったりしたんだろう?

とか

 

今でも考えること

いっぱいありますよ

 

 

 

人生には二者択一だけじゃないけれど

選択の瞬間があって

それによって不思議な巡り合わせになるものだね〜と思わずにはいられません

 

 

あの時こういう選択をしたから今がある

というのはそれはそれでよいとしても

 

あの時別の選択をしていたら今とは違うことになっていたかもしれない

 

けれど

選択していないからわからないし

なので

それがよかったのかそうではなかったのかもわからない

 

となると

選択自体当の本人にとってはどうでもいいことなのかな

ということも感じてしまったりするわけです

 

 

私はそれこそ子どもの時からこういうことを考えるのが好きなので

このことについて

今の時点で思いついていることを記しておくと

 

自己決定は幸福度とも相関があると言われておりもちろん大切なことではあるものの*2

 

その先

  1. 選択した結果を比較することはできないので、あの時こうしておいてよかったとかこうしておけばよかったとかを考えても意味がない
  2. 選択した結果を比較することはできないので、あの時こうしておいてよかったと常々思い続けることである

 

のどちらかでしょうか

 

きっと妻は

「あの時はこうするしかなかったと思い続けることである」ということを言いそうな気がしますがその答えはきっとブログに書いてくれることでしょう

 

 

 

*1:理由は後日の投稿で

*2:西村和雄 ・八木匡 幸福感と自己決定―日本における実証研究https://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/18j026.pdf