つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

争う争わないはそれぞれ自分で決めたらと思うから、同じ土俵に乗らないという話

「競争」と「競走」の話を取り上げました

小学生の頃には先生の文章を読んで

「競争」よりは「競走」なのかなと思い始め

その後だんだんと競うこと自体が意味の無いように感じ始め

 

 

 

負けん気とかそういうのが無いわけじゃないから

もっと正確にいうと

「どこに勝負の土俵を持ってくるか」ということに

意識が向くようになりました

 

 

 

なので

「そこじゃない」と思っている争いごとに巻き込まれるのは

まっぴらだなー

 

 

 

でも

そうはいかないのが

この社会のよくわからないところなわけです

 

 

 

f:id:route66-jp:20191023144727p:plain

基本的に私はこういう人間なのですが、どこかでスイッチが入るんでしょうね どこかでというのは「自分の自由が侵略されそうな時」って猫かいな

 

好きな物語の主人公の言葉にこういうのがあります

「もうすぐ戦いが始まる。ろくでもない戦いだが、それだけに勝たなくては意味がない。勝つための計算はしてあるから、無理をせず、気楽にやってくれ。かかっているものは、たかだか国家の存亡だ。個人の自由と権利に比べればたいした価値のあるものじゃない。 ……それでは、みんな、そろそろ始めるとしようか。」

 

銀河英雄伝説より*1

 

 

 

私も宙ぶらりんの時期があり

「何かに属していたいという気持ちがある」ことは

間違いなくあると思うのですが

その思いがどこまでなのか

そしてどの程度の思いなのか

 

それは年々変化しており

こうだということはまだできません

 

ただ自分の人生を通して言えることは

「そんなにムキにならなくてもいいんじゃないか」

なのですが

 

そういう私も

「そんなにムキにならなくてもいいんじゃないか」という発言ができなくなるような

環境に追い込まれるとムキになっちゃうんですよね

 

ゆえに難しさを感じる次第です

*1:この物語は

病気でずっと家にいた30代の終わりに見ていたアニメの言葉