つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

場をつくるということ

人間は好むと好まざると

家庭という場に生まれ

幼稚園などから始まる教育の場に通い

それが終わったら職場という世界に住む

 

自由と言ったら

家族という場を持つくらい*1

 

基本一人でいて

必要だったら人と組めばいいくらいの

つもりでいたのだけれど

 

仕事となると運命共同体みたいな感じになってきて

重苦しい反面

そう

重苦しい反面

 

 

その一方で

一人では到底できないような

すごいことができる

 

 

これが「場づくり」に興味を持ったきっかけ

 

(コラム)

 

この歌ね

小学校低学年の時にTBSラジオから毎日のように流れていて

(誰が歌っていたのかは不明)

すごい好きでした

 

で、小学校3年生でつくば(当時は新治郡桜村)の竹園東小に

転校して来て

その学級会が始まる時に

この歌を歌っていて「おーこれは」と期待していたのだけれど・・・

理想と現実を知った9歳の時でした

 

www.youtube.com

 

www.kget.jp

 

そこから私の一つのテーマが始まったんだろうなー

 

 

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公園という遊び場で、自分とレオの空間を作っていく、これも私からすれば場づくり:具体的にはボール遊びの中で人間と犬が遊ぶ時間と犬だけが遊ぶ時間を分けてそれぞれの時間で関わり方を変えている


 

 

人間がつくる「場」というのはそれぞれ目的というか意思があるように思うけど

それに気がつくのは40代になってからかな

 

今でも自分で「これ」だと言えるものはぼんやりとしかないのだけれど

いつになったら見えるのかもわからないし

その時思っていることをメモとして書き残していく

 

 

「交流できる場がほしい」という声を年に何十回と耳にするけれど

それがどういう場なのかをお互いに理解するのは難しく

その理由が「目的というか意思がそれぞれ違う」ところにあるからだと思う

 

ゆえに

同じようなことを言っているから

一緒に何かできるのかな?と思っても実はそうでもないということが頻繁に起こる

 

昨日もまちづくりイベントで質問を受けた

「つくばでも古民家を活用した場づくりはありますか?」

 

「宣伝したり、メディアに大きく取り上げられたりはしていないかもですが

たくさんありますよ」

 

と答えたものの

質問の意図にちゃんと答えられたのか今になって思う

 

もっとも人が集って何かをするというのを「場」とするならば

いくらでもあるし、いくらでも作れるし、

今ここで質問を受け質問に答えるこの瞬間こそが「場」であると言える

 

 

だから「場づくり」は奥深い

*1:それも人によってどうかという話もある