つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

場の力(そういうものがあるかはわからないけれど)について考えていること

昨日「場をつくる」ということについて書きました

 

場というのは人が集まって何かをするというのを「場」とするのであれば

その数は数えきれないほどある(発生する)わけで

そんな中でも、自分が関わった、目にしたものを

ちょっとだけ長い目で見てみると

「場の力」っていうのがあるのかな??と感じることがある

 

 

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ここは秋の週末にオープンカフェが開催されていて楽しみにしていたのだけれど今年はないみたい、友人と調べてみると建物のオーナーと日(シーズン)替わりで出店するようなシステムらしく、だからこの場が次の出店者を待っている・・・とも考えられる

 

人が場を開くんだろうけれど

一方で場も人に働きかけるのだとも

そう感じることがある

 

 

だとしたら

人が場を全てコントロールしようとは思わないで

時には場の力を感じてみて

流れに身を任せるとか

 

 

あるいは流れが違うなと思ったら

いつまでも固執しないで

次の場を探してみてもよいかもとか

そういう風に考えるようになった

 

 

そう考えた理由はいくつかのエピソードが自分にあったのだけれど

 

たとえば

この雰囲気よいなーと思っていたら

いつの間にか居心地悪くなっていったり

 

 

場を取り巻く環境が変わっていたりして

あれ?もともと何の場だっけ?

なんて思うこともあったり

 

 

そこで何とかしようと

しているうちにストレスを感じるようになったり

責任を感じるようになったり

もがいて

具合が悪くなったこと何度もあって

 

 

決して無責任な気持ちで言っているわけじゃないけれど

場に呼ばれてないのかな?と

思ってみたら

「人に呼ばれてない」と思うよりも心が軽くなった

 

 

そういう経験から

 

 

だから距離を取ったり

あるいは離れてみると

 

そして時間が経ってみると

自分の感覚・判断は

自分にとっては

それでよかった

と感じることが多くなった

 

 

 

そういう気持ちになって

長生きしている分

一つの場の推移というか浮き沈みをみていると

 

 

長く続いてる場には

そこにいる人の頑張りもあると思うけれど

場の力というのが両方あるんじゃないかなと

 

 

(つい熱くなって書き始めると長くなるので今日はここまで)