つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

師走の入りに思ったこと

12月になりました

今年一年もたくさんのことがありました

私は最後に9がつく年が人生の転機のような気がしているので

2019年もそれに相当するような

そんな一年だったと思っていいと思います

 

 

 

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今日の公園遊び、私は見ているだけでした、レオが走っている姿を写真に撮ろうと思って「うまく撮れた」と思ったんですがなかなか難しいですね

 

今年いろんなことがあった中の一つに

ご先祖様(ルーツ)をたどる旅をあげようと思います

 

イベントで購入したジャムのラベルに書いてあった住所が

「確かこの場所はご先祖様がいらしたというあたりではないか」

と遠い記憶を思い出し

 

押入れの中にしまってあったご先祖様の記録(戸籍)を探し出したところ

やっぱりその通りでした

 

これは「ご先祖様がお参り来い」

とおっしゃっているのかも??と夫婦で話をし

その戸籍を頼りにその場所まで行ってみたのです

 

この場所にご先祖の方が暮らしておられたことは

記録を見る限り間違いないようでした

 

そして

そこから100年とか150年が経って今私がこのつくばで暮らしています

 

その間、なぜ今の私がここにいるのかというストーリーを私は知りません

 

今まで聞かされても来なかったし

私からも気にはなっていたけれど詳しく聞いたりはしてきませんでした

 

 

今回、その100年を紐解くタイミングであったと思う一方で

私にとって気をつけたいと思うことがありました

 

 

この歳になるとわかってきたことがあって

それは

「誰かに聞いたところで本当のことは誰もわからない」ということです

 

 

 

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12月になったので寝室のカレンダーをめくったら「思い出をつなげれば人生の星座が見えてくる」とありました、いい言葉だなーと写真に撮りました

 

私は

病気になってから10年以上

会社を休み、そして復職をして、また調子が悪くなって休み、また復職して

を繰り返してきました

 

調子が悪い時は家で療養をしていましたが

上向いてくると

また社会に戻りたいと

どこか社会とつながりを持てる場所に出向いて

社会復帰への足掛かりを作ろうとしていてしました

 

37歳から50歳までを思い出すと

最初はお寺にいることが多かったですね

 

そこから地域の居場所にいて

さらにまたそこから別の地域の居場所にいて

最後の方には居場所を自分で作っていたし

 

一方でそんなことを繰り返しているうちに

「場に属している自分」からだんだん離れていったのです

 

今思い出したけど、これは39歳の時に自分が人前で語った言葉

むすこたちが通ってい学校が保護者向けに開催したイベントでこんなことを話していた記録がありました

 

言霊じゃないけれど、その後実践しているね

発病して2年半くらいの時、まさかこのあと10年も続くとは思ってもいなくてそれでもこの思いをやり通した自分はすごい・・・と今になって思う

(病気の時の記憶ってないんです)

 

「訳あって二年間仕事を休んでいた。その間に数多くの人と知り合いになることができた。そうした人達をつないで新しい仕事を生み出すのもよし、新しい活動をはじめるのもよしでさらに人の輪を広げていきたい。そして会社員の一員としての自分自身でなく、社会の中でピンと一本立ちしている自分自身でありたい。」

 

 

この病気で会社を休んでいる間

「私は一体何者なんだろう」と自分でそう思うことが多々ありました

 

 

社会保険なりの視点からすれば「休職中の会社員」という肩書きになるのですが

街を歩いてみると実にいろんなことを言われます*1

 

 

これには驚きました

自分のむすこたちですら、パパが会社で何の仕事をしているかすら把握していない

近しい人もまったくと言っていいほど見当違いのことを言ってくる

 

となると

私も同じです

 

他人さまのこと、一面だけ見て見当違いのことを思っているんだろうなーって

 

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起きている時は可愛い顔でこちらを見ていますが、これもルナの一面で私と二人で部屋にいる時は大抵はこんな感じです

 

なので

相手のことをよく知ろうという考えがもちろん大事になりますが

もう一つ

私と相手の方とは違うのでわからないということ

そして時時刻刻人間というものは変わっていくので

共有できた時間だけを見て物申すこともできない

だから真実はわからないということになる訳です

 

 

だとしたら

少なくとも私は私のことを自分でわかるようにしていかないといけないし

周囲にそれを伝えていかないとならないという現実(正しく理解してもらおうと思ったら)を知った次第です

 

で、以上のことを念頭に置いて考えると

究極には人の数だけ真実が存在してしまうことになります

 

その中で誰の考えが正しいのかもわからないと思うので

私は自分の中でそれは考えていくものなのだろうと決めました

 

なので前述した

「誰かに聞いたところで誰もわからないから」に続く言葉は

「自分の中で答えを見つけていこう」

これがご先祖様(ルーツ)をたどる旅です

 

 

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ご先祖様もこの海を眺めていたんだろうなーって思うのはやっぱり自分がそう思うからでいいんじゃないのかな

 

12月となって今年をふりかえる時期になりました

というよりは

今年は仕事の方向を変えたので

そのことについてふりかえる時期といった方がより正確です

 

 

今日は朝から

「どうふりかえろうかな」とその方法について考えていたところに

何にも考えられなくなるような出来事が起きて

頭が痛くなって横になっているうちに眠ってしまい

目が覚めてふと寝室のカレンダーに目をやると

 

「思い出をつなげは人生の星座が見えてくる」

という言葉が目に飛び込んできました

 

2019年の思い出、幼少からの思い出

思い出は自分の心の中にあります

いい思い出をつなぐか

そうじゃない思い出もつなぐかは自分次第だし

だとしたら

できる星座も自分次第

 

このブログを書いたらその作業に入りますが

自分はこう思ったといえるまで回復してきたと思うので

自分だけの星座をこれから描こうと思います

*1:いろんなことを言われるというのは悪い意味ではありません、念のため