つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

自分の時間を持って、自分で答えを出すのが、学びの場であると思う

「這えば立て、立てば歩めの親心」

という言葉を聞いたのは30代の半ば頃

 

親の気持ちを言い表している言葉だと思うけれど

どういう意味で取るかは人それぞれでしょうね

 

たとえば

・親っていうのはそれだけ子どもの成長を期待してみているものだ

→だから子どもたちよ頑張れ

 

とか

 

・親っていうのは子どもの成長を急かすように次々と期待してしまうものだ

→だから、親は気をつけないとならない

 

とか

 

実際にこれを言い出した方がどんな気持ちで読まれたのかはわからないですが

私がこの言葉を耳にしたのは仕事を通してで

 

事業の成長に余計なことを口出し、手出しをすることを戒めている格言

 

翻って

 

当時小学生、未就学児だった自分の子育てについても

気をつけようと思った言葉でした

 

 

だから後者かな

 

 

f:id:route66-jp:20191224104742p:plain

新しく「学びの場」となる部屋(の予定)、モノを置かないのがポイント

昨日の投稿で

「頑張るよい子が危ない」って書いたけれど*1

 

良い子がいると

周囲の大人が

あれこれ期待しちゃって

あれこれ教えたくなっちゃって

あれこれアドバイスしたくなっちゃって

 

 

それが

親じゃなくても

身近な大人

つまり

 

まずは先生

 

そして

親戚であったり

先輩であったり

御近所さんだったり

 

そういう立場だとしても

つい

そういう気持ちを持っちゃうし

行動に出ちゃったりする人もいますよね

 

 

 

私の子ども時代がそうでした

頼んでもない期待を持たれると

あ〜口うるさい人ばっか

みたいな気持ちになっちゃってた

 

 

まー、今となっては

そんな昔のことなんか

どうでもいいと思ったりもするのですが

 

ただ

大人になっても

周囲の目が気になったり

そこまで頑張らなくてもいいのに*2

ということを考えると

思うところはいろいろあります

 

 

テストで良い点を取れば

字が汚いとか言われ

字を練習すれば

また次のことを言われる

 

名門校に合格しても

次の名門に入る話をされ

そこじゃないという選択をすると

なんのために頑張ってきたのかと問われ

 

えーっ、頑張っているのはあなたじゃなくて私なんですけれど・・・

 

 

口うるさい大人がよくないのか

気にし過ぎる私がよくないのか

 

 

病気を通じて

前者なのか後者ななのか考えたり

 

いや

後者にフォーカスして考えた方がいいんじゃないかと考えたり

 

 

今ではね

人生をふりかえると

 

あれこれ指導・助言をされない空間が

学びになったと(あくまでも自分の場合、世話を焼いてくださった方には申し訳ない)

そういう気がしています

 

答えが見えない

先が見えない中で

自分の中で答えを出していく

 

「これ、最高の学びじゃん」

 

 

そんな空間を作りたいな

 

ん??

作りたい?

ん??

矛盾している???

 

 

いや、そんなことはないです

 

だって20年近く

そういう場所を作ろうと思って

ここまで来たから

 

 

*1:

i-counseling.hatenablog.jp

*2:期待されていないこともわかっているのに意識が向いてしまう