つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

共鳴というのは伝わること?

タロットを挟んだので

1日置きましたが

一昨日の投稿でこう書きました

 

じゃあ、話して、自分を優先する旅に出て、若い人たちと勉強すれば

何かが起きるんですか?と言われると

そこではなく

 

その中に相手や自分と何か共鳴するような

そういう出来事が起きているんじゃないかという

この文章の終わりとしては

なんだかトンデモな話になってしまいましたが

雑記として残しておきます(普段は自分のノートにこういうことばっか書いているんでけれどね)

i-counseling.hatenablog.jp

 

この話は

昔のことが思い出せなくなってしまってきた私の変化について

書いたものです

 

そもそもは

子ども時代、学生時代、若い時分に

何に夢中になっていたっけ??

というのがわかんなくなってしまった話

 

 

さらに

そのそもそものそもそもは

「自分のために使う時間」を持てるような学びの場を作って行きたい

という話からスタートしたわけです

 

 

 

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新しいボールをもらってご機嫌

 

 

自分のために使う時間が確保できる場を作りたい

 

っていう話をして

 

場所を提供してくださることになった

 

 

そこであらためて 

「自分のために使う時間が大切だ」と思っている自分の経験に照らし合わせると

 

そう思っている自分の経験がなんだか飛んじゃったみたいで

 

若い頃何やっていたんだっけ??みたいな感じになり

 

どうして思い出せなくなったのか考えた

 

じゃあ、話して、自分を優先する旅に出て、若い人たちと勉強すれば

何かが起きるんですか?と言われると

そこではなく

 

その中に相手や自分と何か共鳴するような

そういう出来事が起きているんじゃないかという

 

 

最近のこととして

 

行動や環境が変わったから

 

その影響で何か起きたのかなー?

 

と過去の事例を引き合いに考えてみました

 

 

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快晴の空を飛ぶ飛行機、iカウンセリングの近くの公園から

 

共鳴って書いたけれど

伝わっているなーと感じたことで自分に何か変化が起きているんだなと思う

 

 

 

 

相手が話を聞いてくれている

っていうのはどういう時?

どういうことで?

相手に聞いてもらっていると自分が実感する??

 

 

 

それを感じるのは人それぞれだと思うけれど

相手のリアクションであったり、相手のその後の行動であったり

だと考えている*1

 

 

  

相手に伝わったなー

と思った時には

自分にも伝わっているのね(私の場合だよ、一般的なことではないのかもしれない)

 

 

自分の思いがいったんは相手を通してなのかもしれないけれど

最終的には自分に伝わっている

自分に伝わっていると感じた時

私はまた違う思いへと変化していくんでしょうね

*2

それが記憶が変わっていったことなんじゃないかと 

 

 

そう考えると

人と関わることが好きではないと言っていた自分も

人と関わることが好きで

いや心の底で人と関わることが大事だと思っているのかな

 

 

自分が発している言葉なり態度が

相手に受け止めてもらえた、あるいは自分でも気がつかないところまで

受け取ってもらえた

そう感じられる仲間との出会いはとても大事

 

 

それは今の時代を共に生きている相手だけではなく

もっと時空を超えたような大きな存在・蓄積と向き合う相手なのかもしれない

そしてその相手を通して自分が自分のことを聞いていく

 

 

それが学ぶことであり

それをできる学びの場を作りたい

ということなんでないかと思った今日の朝でした

 

*1:最近の例をあげると、目が変わった、そこなんだよというところで笑顔になった、自分の持っているものに興味を示した、質問をもらった、時間を置いてまた話の続きが始まった...など

*2:記憶や感情を別の形に手放すとか昇華させるとか・・・抽象的で自分にもよくわからない表現をしてしまいますが