早いもので一月も下旬になりました
元旦は夫婦でラジオ出演させていただき
長年の夢だった
LOVE FMでお話することができて
新年の抱負が元旦にかなってしまった
滅多にない経験をしました
それからインフルエンザの展開となり
家事と仕事とレオとルナのお世話で走り回り
落ち着いた頃に
今年は学び舎を作りたいなーと思って
考えていたところ
いやそれはもう目の前に実現していることに気がつきました
またラジオの企画に参加して
待ってましたとばかり音楽映画のレビューに張り切ったのですが
もっと早くに映画の内容を知っていればまた別の道があったのではないかと
人生を見直すことになりました
後から考えれば
悩まなくてもよかったのではないかと思いますが
そう言う落ちやすいフェーズ(相)が続いてるんでしょうか???
さて、
元旦は放送が午前中で
午後からは年始の挨拶に出かけた妻とは別行動
私は一人家でレオやルナと過ごしていました
さみしいとか
そう言うのではなく
一人の時間で一人で考えたこと
いつまでこうして過ごせるだろうとか
考えちゃいました
と同時に(自分で選択したとはいえ)
この過ごし方でよいのだろうかなども
昨年の後半
リンクのつぶやきを目にして
私はハッと考えさせられました
少し年を取ったからなのか、思っているよりも人生の晩節に近いからなのかもしれないが、できることをしようという気持ちよりも、本当に必要としてくれる人たちのあいだに身を置かなくてはならない、と強く思い始めている。本当に自分に託されていることを、開花させなくてはならないと強く感じている。
— 若松英輔 (@yomutokaku) 2019年11月21日
私の中で
まだ言葉にはできていなかったのだけれど
すごくわかる
だとしたら
身を置くのはどこ?
本当に必要としている人たちは誰?
それは私が気づいて選ぶこと?
それを探し出したんだろうね
そして知らず知らずと頑張りはじめている自分
半年前からは想像できなかった自分が今ここにいる
今年の1/11頃は
ブログを始めて半年
そして薬が抜けてから5年
今頑張り始めている自分は何を目的として
どこを目指しているのだろうか?
今の自分がわからないように
5年前の自分もわからなかった
薬が抜けた時に感じたもの
「自分、一体何やってんだ???」
薬を飲んでいたから
違う自分のようでわからなかった!
と言ってきたけれど
薬が抜けて5年経った自分が
今何を目指しているのかは
やっぱりわからない
となると
薬の影響があるなしに関わらず
無意識のうちに
私は何かを目指していて
それは何年か経たないと
今動いているモノ同士のつながりですら浮き彫りにならず
また
年月が経っても
それらがどう言う意味だったのかは
こうして振り返りをしても自分で読み解けないものなのだろうか
自分って結局わかろうとしても
なかなか近づけないものなのだろうか
だとしたら
おもしろい
そして
すごい
今日の朝ごはんの時に妻に言ったんです
「ぺちゃくちゃしゃべりながら
深く内容を掘り下げるような勉強の場
グループ家庭教師みたいな引き合い来ないかなー
4月くらいから来ないかなー」って
そうしたら
「ママはパパには、執筆の機会の方がいいなーと思う」って言われました
なるほど
執筆もいいな!(今書いているし)
前に
「パパのしゃべりを活かしたい」と言われていたので
ついそちらばかりに意識が向いていたけれど
朝からいいことを聞いたぞ!と
言う気持ちで今日は過ごしてます