昨日の投稿で
妻が斎藤環先生のオープンダイアログの講演会に行った話を投稿してくれました
わたしは授業があったの参加できず
でも授業はまさに
ダイアログ形式で入学試験に向けた直前学習を進めるというものでした
帰ったら議事録を見せてもらって
昨日の夜と今朝は夫婦で
講演会の内容について
たくさんのことを語り合いました
その結果は
このブログの内容にもつながっていきますし
わたしどもで提供している家族カウンセリングが
よりよい時間となるよう
日々パワーアップしてまいります
さて
iカウンセリングで
ご提供している家族カウンセリングが
オープンダイアログ形式と書きましたが
この「オープンダイアログ」
カウンセリングの場だけのものじゃなくて
身近に活用できるものだと考えています
「オーブンダイアログ」と書くと
どなたかの承認や免許が必要なんじゃ
とか
思っちゃいますが
元々は「オープン」+「ダイアログ(対話)」
つまりオープンな場での対話ということになります
それだったら
知らず知らずのうちに
普段の毎日の中で取り入れていることたくさんありますよね
例えば
わたしだったら
ずっと前
それこそ何十年も前から
仕事(研究や企画)のミーティングだったり
勉強を教える仕事、特にはグループ学習だったり
そしてラジオ局にゲストをお招きした時など
ちょっと思い出すだけでいくつも出てきます
その時、どんなことを気をつけていたかって??
それは、自分も一参加者として話をしていて楽しいと思える場づくりです
対話を促進するファシリテーションの技法やツールがたくさんあるけれど
また話をしてみたいなー
と思えるのはどんな時か
わたしはそれを20年間考えて模索してきました
昨日の講演会で妻が取ってくれたメモを見ると
「あー、わかる」と感激してしまいました
対話って型通り進めなければってかしこまる必要はないと思うんですね
例えばサザエさんのお茶の間のような場面を想像してしまいがちだけれど
現実にはあのようなシーンはなかなかありません
妻のメモの中に
対話の目的
あなたと私の世界はどれほど違っているかを掘り下げていくことなにを懸念しているかをお互いに伝え合うだけでいい
違いを掘り下げていくと思わぬところから共通点が見つかることもある
という言葉がありました
この文章だけ見ると
これが仲むつまじい対話の世界なんだろうか?
と思っちゃうけれど
これができたらすごいよね!!
とわたしは思います
って、どんな場面を想像しますか?
居酒屋の酔っ払い?
ディベート対決?
ロールプレイ?
PTAの集まり?生徒さんだったら学級会?
わたしが対話に興味をもったのは
会社の経営企画での仕事がきっかけだったんですが
対話や会議の場から一歩離れてその様子を見る*1
というところから始まりました
以来
対話を見る経験を何年も積み
時にはわたし自身も当事者として参加し
今日に至ります
当時というか最近までは
対話により
参加者の内的変化を促し
当事者意識とコミットメントを引き出す
ことを効果として
取り組んでいたんですが
今はちょっと気持ちが変わってきました
それは
予想もしないようなことが起こる!ことがある
これは
ずっと関わってきたわたし自身の体験から
言えることです
そして
これって
対話やカウンセラーの力ではなくて
多分、その人が持っている力から起こるもの
人間ってすごいなーと思う瞬間であり
その場に立ち会える喜びの瞬間です