つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

外出できないストレスと外出するストレス

今日は昼ごはんの時の夫婦の会話で話題に出たのが

 

題名の「外出できないストレスと外出するストレス」でした

 

わたし闘病生活の記憶をたどると

 

特に仕事を休んでいたときですが

 

「一日一回でもいいから外に出ないと」と意識づけていた

 

そんな記憶があります

 

でも妻は違うことを言いました

 

「外に出られないからストレスだ」とわたしは言っていたそうです

 

 

 

 

病気の頃の記憶(感情)というものは

 

あまり覚えていない上

 

それが何年も続いたわけですから

 

時には「外出できないストレス」も感じたろうし

 

時には「外出するストレス」も感じたことでしょう

 

 

でも今日テーブルでこの話題になったのは

 

ストレスを感じていると言っても

 

それがどこだかはなかなかわからないなー

 

という話から始まりました

 

 

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午前中はサークルの中で眠っていることが多いのですが、妻がいると「出せ、出せ」とアピールします、でもやっぱり午前中は眠いみたいで寝室に来てネコタワーに登ってこの通り。

 

闘病生活時代の思い出の話で

 

外出がしんどかった時があって

 

それがしんど過ぎて入院になっちゃったんです

 

で、今度は外に出たくて

 

でも出たところで何がしたかったんだ???

 

みたいになっちゃって

 

ドクターの先生方に

 

「どのみち、病院にいても変わらないし、治ったと思いますからもう大丈夫です」

 

とまで言ってしまったことがあります

 

 

 

 

 

それはもう現場は大騒ぎですよね

 

妻もどうしたものかと思ったに違いありません

 

病院の中でわたしに言った言葉

 

「治った治らないとかじゃなくて

せっかくの機会だから、何がストレスか先生に見てもらってこれから考えようよ

 

それだけでも意味のあることだよ」

 

これは忘れないですね

 

そしてドタバタの混乱の中でのこの言葉

 

それからわたしは「何がストレス」について自分なりに深く考えるようになりました

 

 

 

ストレスだと思っていたことを掘り下げていくと

 

実はそれではないことがわかり

 

 

 

 

これはドクターの力も借りて進めているのでしょうけれど

 

わたしにとっては

 

自分で自分を探していくような旅

 

 

 

 

 

自分のことは自分では

 

なかなか見えにくかったり

 

見たくなかったりするけれど

 

他人から指摘されたところで

 

納得して行動に変えていくのは自分だから

 

やっぱり自分で慎重に探していくしかない

 

そんな話をした今日のご飯タイムでした