つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

1日をどうとらえるかで幸せが変わってくるのだとしたら、毎日足りないと感じているものはなにか?いつの間にかある考えに染まってしまっている自分に気がついてしまった💦

旅行に出かけたわけでもないのに

気持ちのよい風を感じられる

こんなに素晴らしいことはありません

 

 

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気持ちいいよねー

 

思えば4年前

家探しでつくばの方々を歩いて感じたこの心地の良さ

こっちへ戻ってくるぞ、

こんな空気を味わいながら頑張るぞ

と思っていたことを思い出します

 

 

当たり前になってしまって

感謝の気持ちが薄れてしまっていないか

ハッとなってしまいました

 

やさしい陽射しにあたたまりながら過ごせるのは

この上ない幸せで

わが家のレオもルナも同じようです

 

 

それを見ているこちらもますます心が和みます

 

 

 

今日は

 

・ラジオ企画の映画レビューの作成

 

・地域福祉の体操教室

 

・児童福祉の学習指導

 

と忙しく

 

昼寝の時間もほとんどなかったのですが1日なんとか持ちました

 

 

 

自分では

 

思うような1日ではない

 

と思ったりもしますが

 

一つ一つの出来事を書き出し

 

一昔前の自分と比べてみたとしたら

 

それはそれは充実した1日を過ごせたんじゃないかと思います

 

 

 

 

思うように過ごせなかった日々

 

それは闘病生活の12年間

 

加えて先日書いたこの5年もふわふわしていたんじゃないかという話

 

合わせると17年

 

 

 

ここまでくると

 

思うようにいかない期間が長すぎて

 

思うようにいかないことこそが基準になってしまっている

 

そうなると

 

元々「うまくいくことの方が少なかったんだ」

 

ということになってしまうのでしょうか

 

 

ん?

 

ん?

 

の前に

 

「うまく言っているの基準ってなんなんだ??」

 

 

 

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4年前、つくばに家探しをしにやってきて夕陽を見たときの写真

 

写真は4年前につくばで撮った写真

 

家探しをしていて

 

つくばの風に吹かれて

 

ますますつくばに戻ってくることがよいことではないかと

 

思いを強くしたときのもの

 

 

 

冒頭の話に戻っちゃうけれど

 

こうした自然を感じることで

 

1日を充実したと考えられているいるのに

 

今となっては

 

諸々のことに追われ

 

結果

 

思うような1日ではない

 

 

感じてしまうのはなぜでしょうか??