つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

自分のやりたいことはただ一つ 聞いてくれる後輩たちに 楽しかった思い出を綴っていくことかな

昨日の土浦学園線の話で

つくばと土浦を結ぶもう一本の道について書きました

 

昨日は道はわかるけれど

どう説明していいかわからなかったので

後日としましたが

 

わかりました

昔は土浦岩井線と言って

今は土浦坂東線と言うそうです

 

で、

ここからは

何か文献を調べてと言うのではなく

わたしの遠い記憶を書いておきます

 

昭和50年頃は

土浦とつくばを結ぶバスは1時間に一本くらいで

今「学園竹園」と呼ばれているバス停は

「花室住宅前」か「花室住宅」という名前だった

 

このバス停の位置も

2回くらい変わったような気がしています

 

で、これが関東鉄道

もう一つ「茨観バス」と言うのが同じ土浦から出ていて

一日何本だったろう???

 

関鉄バスと時間が合わない時に

こちらのルートがあると調べた時に

時たまベストタイミングだった時もあって

うれしかった思い出がある

 

で、こちらは学園線を通らないので

くねくね道を進んでいく感じ

 

わたしはどちらのルートも好きだったな

 

(これまた後日書くけれど、茨城観光は石下と言うところまでバスが走っていて

関東鉄道もまた石下までいくルートがあってそれぞれ違うところを通っていて

同じくどちらも楽しかった)

 

 

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こちらは、土浦の坂田の方 3年前の今頃の季節


園都市ができ始めたのが昭和40年代の終わりで

多分、学園線もそのころにできたろうから

旧道みたいなくねくね道がメイン道路だったんだろうね

 

学園線沿いにはお店とかの記憶は

昭和50年当時はほとんど記憶がなく

(記憶にあったのは道路標識のお店と、運送会社の看板)

むしろ

旧道の方がいろいろあったような気がする

 

で、昨日のドライブ中

車内でも話したんたけれど

何があったかと言うのは覚えていなくて

記録もないんだよねと言うこと

 

これはつくばに限らず

自分が住んだ街のことも同じ

建物が解体されてしまうと

「あれ?どこだったっけ?」

とか

「ここ、なんだったっけ?」になってしまうのだ

 

記録とか探せば何か出てくるだろうけれど

本当に大変な作業になるからね

 

ほんとに思い出したいことがない限り現実的ではないな・・・

 

一昨年の自分のルーツをたどる旅では

記録がある150年くらい前からの変化を見てきたけれど

150年経ってしまうと本当に歴史的名所でもない限り

わからなかった経験がある

 

加えて

自分が見てきた期間というのが45から50年くらいでしょう

それとお互い比較しても現実というのがわかるなー

 

繰り返しになっちゃうけれど

自分のやりたいことはただ一つ

聞いてくれる後輩たちに

楽しかった思い出を綴っていくことかな