つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

結局は今の自分がこうであると言うことを示し その自分が評価するのだからそれでよし と言う生き方をすることなのかな

今日は9/30

サラリーマン時代だと

4-9月で上期、10-3月で下期と

半年区切りで仕事の業績をまとめて提出というのがあったなー

(手間だったけれど好きだった)

 

で、今でもその習慣が・・・といいたいところだけど

それはない😅

 

今となっては9/30はラジオ番組の改編の方を意識してしまう

 

今回のタイミングでも

以前よく聞いていたDJの方が担当終了ということになり

それにまつわる情報も入ってこないので

ご本人も納得した上でのことなのかなと

気にかけてしまう

 

入院前かな

いろいろ頭に巡っていたことがあって

 

あのお店どうなったんだから始まり

そういやあの仕事、あのプロジェクトは??

 

そこに昔働いていた研究所の解体工事が始まってしまったという

ことも続いた

 

 

それで入院中

仕事ってなんだ、キャリアってなんだ、商売ってなんだ

なんてことをよく考えた

 

 

で、結論

 

「いつの間にか終わっとる」

 

 

 

もっと極端な言い方をすると

 

「結局残らないんだったら、なんだったんだ!」というもの

 

もっともっと極端なことを言うのなら

(熱のせいだから言い過ぎだったら許してね)

 

・最終的に残らないんだったら、やんなくても同じ?

 

・なんであんなに熱くなっていた人がいたんだろう??

 

・なくなってしまったのなら、残るものがないのなら、

 経歴とか成果を語られても、語っても

 それにはどんな意味が???

 

 

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更地になった土地を見て語っても夢の跡であるという証明すらないのかな

サラリーマン時代

9/30になると一区切りで業績をまとめると書いたでしょ

 

書くからには

アピール気味に書いて

それを評価されて

 

よかった、そうでなかったというものがあって

 

それが自分の積み重ね、キャリアになると信じていたけれど

歳とって、自分も辞めちゃったし、周りも辞めちゃったし

組織も辞めちゃったし

というかこの場所に存在していたことさえ伝えることが

難しくなってしまった状況で

 

なんとでも書ける、語れるような

話になんの意味があるかというか

何を見出したらいいのだろう

なんてことを思ったねー

 

結局は今の自分がこうであると言うことを示し

その自分が評価するのだからそれでよし

と言う生き方をすることなのかな

 

なんて思いながら退院した日に

家で熱く語っていたような気がする

 

あれから一月

そんなこと思っていたなーと思いながら

あんな状態でよく考えたものだと