つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

「よくなるのを待ってるよ」 「回復を待っているよ」 「また一緒に笑おう」 と語っていたのは もう一人の自分自身じゃないかと思ったんだ

自宅で休んでいるこの時間

体調の良い時間を見つけて

本を読んだり、物を書いたり、テレビを見たり(Inputだよ)

撮りためた録画もテンポよく見られている

 

先日、SONGSという番組で

歌を聞いた途端込み上げてくるものがあって

やっぱり見られないでいた

 

www.uta-net.com

 

 

 

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花の季節の写真ではないけれど、これが桜並木です

この歌が

当時住んでいた場所の桜並木のことを歌っているとは

知ってはいたけれど

テレビを見るまで

歌詞をじっくり眺めたことはなかった

 

病気だったしね

 

この街に住んでいたのは15年間

 

うちその半分が病気の身で過ごした

 

 

当時、周囲から言われていたことんなだけれど

「よくなるのを待ってるよ」

「回復を待っているよ」

「また一緒に笑おう」

 

そんな言葉を思い出しちゃったんだろうね

 

 

それから

数日経って

また録画を見てみた

 

最初の時よりは冷静になって見ていると

この曲のリリースは2003年

ちょうど具合が悪くなった年と同じ

 

よく講演会で話をしてきたんだけれど

病気になったのが37歳

断薬に成功したのが49歳の終わり

約12年間、薬を飲んでいて

その間の記憶がはっきりしない

というより

その時取り組んでいたことが

今の自分、病気になるまでの自分だったら

手を出さなかったであろうことに

取り組んでいる自分に驚いた

 

37歳までの自分と50歳からの自分は連続しているけれど

この12年間というのは別のラインにいる

12年間の記憶がまったくないわけでは当然ないけれど

福祉や仏教やガーデニングの勉強に取り組んでいた自分というのは、

なんでそうしよう思ったのかいまだにわからない

 

これを簡単に説明すると

病気で薬を飲んでいた時間というのは自分の中では止まっていて

49歳は37歳と同じ、そこから時計が動き出す

つまり12歳分だけ若返った感覚

 

そして

じゃあその12年間は?というと

人生を2回生きたという感覚

最近知った言葉でいうと

「一身にして二生を経るが如し」

というのを体験したのかな

 

で、冒頭の歌の話に戻ると

歌を聞いて泣いてしまったのは

 

「よくなるのを待ってるよ」

「回復を待っているよ」

「また一緒に笑おう」

 

と語っていたのは

もう一人の自分自身じゃないかと思ったんだ

 

この街に住んで

半分が闘病生活

 

後になって

無理をして住み続けなくてもよかったんじゃって

思ったこともあったけれど

 

病気がいつ快方に向かうのかわからないまま

この街でなんとか毎日を過ごしていたのは

あとでこの歌の歌詞に出会うためだったんだよ