つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

郷愁の思いがなかったら わたしは東京から筑波大学には進学しなかっただろうし 定年退職後、つくばに戻って来ようとは思わなかった

通院で隣町の土浦へ

高架橋に乗れば街を一望したような気分になり

妻の運転だとさらによく見える

 

ところが

今までに気がつかなかったと言ってもいいほど

看板をおろしてしまった店が目立つ

こんなにたくさんの建物があるのに・・・だ

 

ネットで調べれば

懐かしいお店の名前が見つかり

思い出が語られている

 

つくばも似たような状況のエリアがあるが

ネットでさえ見つけられないのは

当時の規模の差であったり

学生や転勤などの人が多く

この場所をすでに離れてしまっているであろうことも影響しているのだろうか

 

多くの街にミニFMの機材を持ち込んで

商店街の活性化を手伝ったことがある

 

頼まれた取り組みではあるが

その趣旨に共感して協力したのは

こうした郷愁の思いが根底にあったのだろうか

そしてわたし自身も切なくなるような気持ちになるとは

 

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模型屋はあった

郷愁

どことなく惹かれる言葉であり

この想いは誰しも持ち合わせているものだと思うのだが

 

三十歳くらいの頃

昔の職場の若手有志の忘年会があった

そこに一回りほど上の部長も参加したのだが

わたしとMくんが呼ばれ

こうした郷愁

部長はノスタルジーと称したが

そういうものを君らは持っていると言われ

そう言われるということは逆に持っていない人がいるんだと

驚いたことがある

 

このノスタルジーはどこからくるのだろう?*1

ja.wikipedia.org

 

 

確かにわたしは子どもの頃から

昔住んでいた街を訪れるのが好きである

住まいだけでなく、通っていた学校、遊んだ場所など

機会があれば訪れていた

 

 

好きでやっていたことだから

それで何かを得ていたのかどうかは

あらためて考えたことはなかった

 

 

今言えることがあるとしたら

郷愁の思いがなかったら

わたしは東京から筑波大学には進学しなかっただろうし

定年退職後、つくばに戻って来ようとは思わなかった

 

*1:読んでも難しい