つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

かしこまった場での話より 生活の場での話を こうして拾い上げていく方が わたしは楽しいし その人の声が伝わってくる気がする

図書館にリクエストしていた新刊が届いたので読み始めた

 

テレビやラジオでも取り上げられていて

事前に話は知っていたのだけれど

 

元々は本が読みたかったのである*1

 

www.nhk.jp

 

www.youtube.com

 

 

f:id:route66-jp:20211025161820p:plain

想像以上に重い、大きい、そして楽しい

 

1216ページなんで

開いたところから読んでいく

 

めっちゃおもしろい*2

 

人はこんなにも細かく語れるものだろうか

自分だったら「ネタとして仕込まず」に

こんなに細かく情景を描写してというより

そもそも覚えていないんじゃないか

 

一応、わたしはラジオDJと名乗っているのに・・・だ

 

本に掲載されているのは1人1万字が最大らしく

1万字の文字起こしだとしたら

話をしている時間は20〜30分くらいなのかな

 

こうしてブログを毎日書いているし

しゃべることは好きだし

それこそ毎日しゃべってもネタは尽きないと豪語していたくらいの

自分でさえここまで話できるか

 

そして読んでいて楽しい*3

 

本を出そうと思って原稿を書いている人より

ワクワクするのは

たとえばミュージシャンのインタビューを文字にしたものを

読んでいるのに通ずるからだろうか

 

かしこまった場での話より

生活の場での話を

こうして拾い上げていく方が

わたしは楽しいし

その人の声が伝わってくる気がする

 

そしてその人とは

わたしも知らない人であり

これからも

本を通して以外に会うことはないし

話の続きもおそらく聞くことはないのだ

 

 

わたしという人間がいて

わたしから発せられた言葉があって

そして

わたしという存在が行動としてある

 

こっちから見れば

全部をひっくるめてわたしであるが

相手から見れば

わたしの一部だけがおそらく伝わって受け止められるなりなんなりとあるのだろう

 

ひっくり返せば

わたしも同じようなことになる

 

「一部であるのに全部」として捉えてしまいがちな

わたしにとっては

どこかにほどよい感じの関わり方を見出せるような気がした

 

だって人の話を聞いて楽しいんだから*4

*1:出版されるまで待ち遠しくて、待ちきれないからテレビやラジオを聞いていた

*2:どんどん読み進めていくにつれて、読んでいてしんどい話も出てきたので「おもしろい」という書き方・表現でいいかは悩む、話としてはしんどい内容だけれどこうして話をしてくれて、聞き手がその中からここだということで文字にしているという俯瞰した見方では企画としておもしろいというのには変わりがない、匿名性であるから話を読んでいけるんだろうな

*3:ここも先述のように読み進めていくにつれてしんどい話が多くなってきた、最初はたまたまだったのかな、今は読んでいくと切なくなることが多くなった

*4:読み始めて数時間で気持ちが変わってきた、多分目の前で話を聞いていたら、テレビやラジオのインタビューだったら聞かないでチャネルを変えたかもしれない、楽しいという表現ではなく、あなたの発した言葉をわたしなりに受け止めて、考える機会をいただいている