つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

自分で探し出して作り出された作品は おもろしいのではないかと思うのである

かつて研究の仕事をしていた時があった

これは学生の頃に携わったことが縁だったわけだ

 

入ってみるとわかることだが

研究といっても

やっていることは想像していたような世界とは違い

モノを揃えたり、直したり

そして評価したり

 

こういうことにひたすら追われて

ある時斬新なアイディアを出せ(そんなこと言われても出るか)という世界だった

 

そんな時期を経験したので

科学番組の舞台裏の話を聞くと気持ちがよくわかる

 

 

さてわたしはというと大学院を含めて約10年間研究の仕事に携わっていたが

やっていることはいうと

いかに正確にモノを作っていくかと言うことだった

 

 

正確にモノを作るってどう言うことかというと

その業界などで共有されている評価基準というのがあり

その値をクリアするとか、その値をいかに高めていくかというもの

 

 

でも、モノを作っていく時には

そういったパフォーマンスだけ求めていればいいのですか?となる

例えばサイズだったり、コストだったり、環境負荷への影響だったり

 

 

ただね、そこは研究目標を立てる段階でのことで

いったん目標設定がされてまうと

その目標をクリアすることが優先だから

そこまで手が回らない

 

 

では、目標を立てる段階でってなるのだが

わたしの経験だと

この研究対象をしっかり定めるのが一番難しいのだ

 

 

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大学の学園祭で実施したラジオ放送も研究の一環

わたしは30代の半ばで

科学技術の研究職から企画職に転じた

 

「企画」という言葉には慣れなかったが

わたしにとっては「研究」も「企画」も

課題を見つけて解決策を考え・実施し、アウトプットにつなげる点では

似ているような気がして

上の方やコンサルタントにその思いでよいか確認を取ると

それでよいとのことだった

 

 

さて

ここで何に取り組むかという話になる

 

評価基準をどこに定めるのか、

そもそもの評価基準を新たに設定する必要があるのかから考えていくことになる

 

先行事例を調べることも必要だし

課題解決のためのアプローチ法もいくつか知っておくことも大事だ

 

ただね

調べたところで入ってくる情報って極端な話が多いんではないかと思う

ものすごい成功例とかその逆とか

 

 

平々凡々たる話は

語っても聞いてもおもしろくないのか

そりゃ当たり前だろと片付けられてしまうのか

形としては残っていないことが多いから

それこそ現場で体験し考えること

と同時にそこに課題解決のヒントがあるような気がしている

 

こういうことをやっていると

仕事がいつまで経っても終わらないし、メリハリがつかない

 

取り組んだことをアピールする際の後ろ盾が得られにくい

 

などのデメリットが考えられるが

 

定期的に開催される学会発表のネタどうしよう

 

とか

 

放送があるからネタ作らなきゃ

 

というようなむりくり捻り出されたような発表よりも

 

自分で探し出して作り出された作品は

 

おもろしいのではないかと思うのである

 

 

 

勤め人や学会時代だと

 

おもしろいだけではダメみたいな風潮があるが

 

それらへの関わりと少し距離をとって

 

自分が思うところを突き詰めていくと

 

確かにアクセスは減るが

 

それでも話を聞きたいと問い合わせがくる

 

その引き合いに対して回答している自分を顧みると

 

「自由だな、自由っていいな」と強く思うのであった