つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

今、こうして恵まれていると思えることが幸せだと思った

昨日テレビで

ある特養の取り組みが紹介されていた

集団生活ではあるものの、入浴とか食事、消灯時間が決まっていないとのこと

これは素晴らしい

 

 

運営者の方の話では共感でもなく、意味や目的でもない(それらを見出していくようなことでもない?)というようなことを

おっしゃっていたのが心に残った(録画がないので言葉が違っているかも)

 

この

時間が決まっていないこと

意味や目的でも共感でもないということ

いいなーと思うと同時にそれを実践していることが衝撃だった

 

どうしてこれができるんだろう

 

 

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中野駅前のこの団地もなくなってしまったのだろうか、落ち着いて過ごせる時間が続くと思ったのにだ

 

 

病気になったりすると身体が

時間通り動いてくれないからね

ゆっくり休んでいいと言われても

その日によって体調も違うから

 

わたしも復職して週5のフルタイムで働いた

夜更かししないように酒も飲まず

寄り道もせず、早く就寝する生活を心がけていても

眠剤を使っても寝られない日が出てくる

夜中に目が覚めてそのままの日も出てくる

それでも生きていくためりのリズムは変えられない

これが苦しかったのだ

 

夜中の2時に目が覚めてしまった

1時間じっとしていても再び眠れるような気がしない

えーい、もういいや映画でも見ちゃおう

これがわが人生で幸せな瞬間で時間だ

 

ただでさえ大変な暮らしなのに

時間割があってそれを守ろうと思えば思うほど

苦しくなって

何のための時間割だなんて思ってしまうのだ

 

このフログでも書いてきたように

当時、目標を立てよう、立てようと思っても

立てられなかった

 

結局のところ

意味を見出そうとしても、目標を立てて周りの人と頑張ろうと

思っても

わたしにそれが立てられていない、本当のニーズが掴めないことには

足並みも揃うこともないのである

だからそこに関心がいってしまっても苦しいだけである

 

10年くらい前かな

どうしたらいいと思ったときに

「時間だけはあるから」と言った人(介護の人)がいて

それが一つのアプローチではあると思ったものの

どうやったらそう思える(ように精神的にも経済的にも)のかが

今もわたしの課題である

 

 

昨日届いた年賀状、しばらく連絡先がわからず途絶えていた友人からだった

今何をしているのかといえばあっと驚くような大出世

 

そんなときラジオから流れてきた

「好きなことを仕事にして、いい人たちに囲まれる」

 

ちょっと気になってしまった友人のことよりも

「そうだよな」と思う今の足元を見て

時間のことはわからないけれど

今、こうして恵まれていると思えることが幸せだと思った