つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

わたしは何のためにふりかえるのか

週末、過去のライブ映像を数本見た

それら伝説のイベントがあったことは知っていたが

記録そのものを見るのは初めてであった

 

これに限らず

それ以外にも

持っているDVDやら

YouTubeなどで過去のライブなどを見る機会は多いのだが

 

最近のわたしの中で起きていることとして

さらに

かつてこうした記録を収集していた

わたしにとって

今まで感じたことのないようような

思いを感じるようになった*1

 

 

楽しく参加したライブがすべて映像化されるとは限らないけれど

思いに残るような回はBlu-rayとして手元に残して再び楽しむのだが

そのうち見る回数が減り、だんだんと見なくなる

 

懐かしいなーと思って久しぶりに見てみると

当時は持っていなかった視点が生まれ

気づくことだけでなく

新たな観点も芽生えてくる

 

それだけであればいいのだが

「あれ?」と記憶の中の出来事と

今見ている映像にギャップを感じ始めるのである

 

冷静に考えると

音楽でそれを感じるようになったということで

ジャンルを変えれば

たとえば

駄菓子だったり、アニメだったり

昔夢中なったことをあらためて体験してみると

似たようなことを思うことはよくあった

 

結論としては

その時を存分に楽しんでおくこと!となるのだが

 

こうして集めた記録なり

ましてや

こうした昔話をまとめていくようなことに取り組んでいる自分にとって

どう向き合ったら良いのか考えさせられる

 

 

 

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自分のアルバムを「テスト」で検索したらこの写真が出てきた

わたしは

たぶんエビソードものの話題が好きで

自分でも書くし、読むのも好きなんだ

 

ただ

それに対してちょっと見方が変わってきたんだろうね

身の回りにいる人たち同士での会話

もうちょっと広くなる授業や講演会

そしてラジオやブログなどのメディア

もちろんこれらの中で意識は使い分けてきたけれど

*2

 

昔、研究施設で働いていた時に

上司から

「残るのは論文だけだ」と言われたことがあり

その言葉が強く心に残っている

 

論文が残るだけでも

特殊な職場だと思ってきたのだが

この論文一つをとっても

完成するまでに多くのエピソードがある

 

そういう紆余曲折を経てのpublishを

自分なりに体験しているだけあって

考えることは多い

 

わたしは何のためにふりかえるのか

ふりかえっている内容は

今からすると

客観的に見たものと自分の中で残っているものの

差が大きすぎるようにも感じるが

それをどう受けとめるのか

 

そしてアウトプットは何か

そう考えていくと自分がこの先どこに行き着くのか

その先にあるもの

その先にある世界がまた広がっている信じていいのだろうか

 

*1:後述するけれどよくよく考えたら似たような経験は出てきる

*2:それだけにだんだん敏感になってきたのかも