つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

これからの健康維持、フレイル予防、老齢期の過ごし方について 自分オリジナルな生き方にチャレンジして 自分なりの生き方を切り拓いていきたいと思うのであった

わたしは

冬季オリンピックがデザインされたものを集めるのが好きで

また

その服を着ていることが多い

 

 

 

とはいえ

最近はめっきり関心が薄くなってしまった

今は

「ああ、もうオリンピックの時期か・・・」という感じである

 

 

 

先日、メダリストの一覧を見てみて

www.jijiphoto.jp

昔を思い出した

 

72年の札幌はわずかに記憶が残っている程度

76年のインスブルックは家で学校で大騒ぎ*1

 

 

大騒ぎだったけど

インスブルックはメダルなしだったんだね

 

80年のレークプラシッド

84年のサラエボ

88年のカルガリー

一つだったんだね

 

 

80年の時は中学生になっていて

保健体育の期末テストで

メダリストの名前を書くのが出た

1人だったのでそれ以外は書けない

そんな問題だった

 

 

その問題文に

「〇〇選手がメダルを取り

ジャンプ王国日本の〜」

とありった

解答に選手の名前を書くよりも

 

「どうして王国と言えるのだろう」

とか

「ジャンプ王国と言い続けるためには」

という題の問題を出して

自由に記述させた方がよいのではと感じていたことを思い出した*2

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カーリングのおもちゃも家にあった(今は不明)

 

近年になって

メダルの数が飛躍的に伸びたのは

ゆとり教育の成果なのではないかと

冗談まじりで仲間内と話していたこともある

 

それもあるかもしれないが

スポーツの成功事例としてわたしが最近目立っていると感じているのが

家庭での指導・協力のこと

 

大体こういう話は小さい頃の家族の話が美談として取り上げられるのだが

保護者の指導力(実際にコーチであったり)

本格的な練習環境

 

これがちょっとすごいぞ!とわたしが子どものころに

記憶しているエピソードとは違っているように思えてくるのだ

 

 

 

 

 

わたしは合格体験記など

伝記物を読むのが好きで

これまで40年以上こうしたものに機会あるたび目を通すようにしてきた

 

 

勉強でもスポーツでも成功事例が起きると

それにまつわるエピソードが取り上げられる

またそれがムーブメントになると本まで出版されるのだが

そこに書いてある内容を見ると

 

・興味を持ったきっかけ

・練習環境のこと

・周囲からの精神的サポート

苦難があっても乗り越えたエピソード

 

 

などで構成されるかと思うが、

 

それを受験や大会での活躍

大会後の生き方

などと照らし合わせてみて

なかなかおもしろいと感じている

 

 

・興味を持ったきっかけ

 ⇨才能が見出された偶然

 

・練習環境のこと

 ⇨すぐれた環境と指導者に出会い続ける偶然

 

・周囲からの精神的サポート

 ⇨挫折があっても、キャリアがつながらなくても、自分の道を進んでいく偶然

 

などなどを見ると

家庭の役割って大きいんじゃないかと感じている

 

 

 

というのは

これだけ「教えます」っていう人が多い(昨日の投稿ね)昨今だと

この偶然と思えるような連続技がつながっていくのは

家庭の影響が大きいんじゃないかと思うに至り

 

人それぞれ何かを目出した時に

そして

それぞれのピークを超えたあとにも

続いてくそれぞれの人生を歩んでいくには

そのあたりに注目している

 

 

だから

今回初めて知った選手についても

何か機会があればそこに注目して読んでいこうと思う

 

 

 

 

 

 

わたしの子育てをふりかえると

大学受験を見据えて勉強を指導してきたわけだが

・希望する大学に合格すること

・大学合格後も勉強すること

・社会に出て、大学に行ってよかったなと思えること

 

を強く意識した

 

塾には通わせず

通わせたとしても、目的をはっきりさせて最小限とし

その期間も限定とした

 

 

中高もトップ校ならそこに進むのでよいが

そこが厳しい見込みとなった時、二番手校や自称進学校に入れなかった

 

 

それは大学合格だけにフォーカスされて

過剰な勉強を強いられ

そのことでその後の人生がつぶされたくなかったからである

 

 

 

 

と書いたものの

実際には至らぬことばかりの父親であり

反省することも多い

 

 

ただ

これだけ

「教えます」「指導します」というサービスが多くなってしまうと

それらをかいくぐって生きていくのも大変だよなと思う

だから自分の体験を書いた

 

 

そういうわたし自身も

これからの健康維持、フレイル予防、老齢期の過ごし方について

自分オリジナルな生き方にチャレンジして

自分なりの生き方を切り拓いていきたいと思うのであった

 

自分オリジナルだから

他人に指導するサービスにはなりにくいのだけど

それもまた切り拓いてもいいのかも

 

 

*1:

通っていた竹園東小は授業中もオリンピックを見せてくれて

(でもそれは76年の夏季大会だったような)

今でも粋な計らいだと思っている

*2:メディアのこうしたリードについてはこの頃から違和感を感じていたのだろうな

伝統の一戦、とかお家芸とか、そういうの