つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

結局のところ、楽しいと思えるどうかということか

先日、国主催の教育に関するセミナーを受講し

また

週末、録画してあった教育改革の歴史について触れた番組を見た

 

こうした改革については右に左に揺れながら進んでいくのが世の常ではあるものの

こちらが体感している以上に大げさに扱われることに違和感を感じる

 

ふりかえればわたしが小学校の時から

だんだんとゆとりが始まり

わたしの子育てが終わる頃に

ゆとりきった状態となり

今度はだんだんと引き締める方向に進んでいくのだろう

 

自分自身として、親として

言われているような大混乱というものは感じなかったし

学習指導要領が変わったことによって学ぶことが減ったとも思わなかったし

また減ったことによっていわゆる塾通いが増えたとも思っていない

 

自分なりに目標を設定してそれに対してただ実行していたから

そう感じなかったのか

あるいはそうした改革の渦中では

外で見ているより内で見ている方が

動きを感じにくいのかもしれない

 

 

昨今、中学受験がヒートアップしているという

わたし自身、中学受験には強い関心があり、これまで勉強もしてきたが

基本的に中学受験を煽るようなことはしたことはない

それで商売になるのかと言われれば、残念ながらならない(自分でも笑ってしまう)

 

もちろん

中学受験の相談には乗るし、指導もするが多くの場合は勧めない結果になる

志望校はご家庭に決めてもらう方針なので

本人とその志望校とのキャップが大きければ

進学後どうなるか想定されるからだ

薦めるというより逆の意味でのアドバイスの方が圧倒的だ

 

そうした難しさがあるのに

課金ゲームと言われるくらいになってしまっている目を覆わんばかりの現状

つまり、これが中学受験ブームが大変になっていると今騒がれているのだ

 

わたしのむすこたちの中学受験では塾に通わせず

通信添削(日能研・Z会)を活用してわたしが指導をおこなった

模擬試験を受ければ塾から誘いが来る

ある有名な集団塾で3年間の費用を聞いたところ250前後という答えが返ってきた

 

この頃のわたしのスタンスは

中学受験の可能性はつぶさず準備はして

最終的に受験をした方がいいと判断したら踏み切るつもりでいたことと

250出すなら自分でやろうと思った

これが20年くらい前の状況だ

 

そして

わたしの中学受験では

当時有名な日曜テスト塾に通っていた(塾に入るのも選抜テストがある)

日曜の午前か午後にテストを受けて、解説を受けて帰り

帰宅後は翌週のテスト勉強

ある塾は速達で、またある塾は次のテスト日に順位と答案が返却されるものだった

 

 

わたしからすれば毎週東京にいけると遠足気分でのんびりとした楽しいものだった

おそらくはこの有名なテスト塾2校で

難関校のほとんどの合格者を出していたようで

また一緒に通っていた友人の話では平日塾に通っている人は少なかった

そんな記憶がある

 

一方、この頃「乱塾時代」という言葉が世間を騒がせ

わたしは報道(テレビや新聞)でこのことを知った

 

一番印象に残っているのは

中学受験生、つまり小学生が塾のために朝帰りをしているというもの

 

この記事のスクラップを持っていないので

これについて語るには図書館で確認しないとならないのだが

当時の小学生だったわたしにはこの衝撃が忘れられない

 

これを今と比較するとどう違うのだろうか

 

 

 

その時のわたしの感想だが

小学生の時、朝までつまり徹夜で勉強している塾があると聞いて

「大変そうだなー」とは思わず

どういうところかは知らないが楽しそうだ、行ってみたいと感じた

 

 

一方で問題を間違えると叩かれる(これは高校受験生)というのもテレビで見たが

さすがにこういうところは行きたくない

 

なので

当時でさえいろいろあるので一括りにできないが

楽しそうなところは楽しく見えたのでわたしは参加したいと思った

それが中学受験との出会いである

 

そんなわたしから

今報道されているような課金ゲームと言われる世界を見ると

とても頑張りたいとは思えないし

また見たいとも思わないのである

 

結局のところ、楽しいと思えるどうかということだろうか