つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

バブルの不夜城となった世界というかエネルギーはどこへ消えたのだろうか

前日の投稿でたまたま「バブル」について書いた

 

バブルとは1980年代後半から90年代初期の頃のどこかで

羽振りがよかった時期、バブル景気のことである

 

わたしはバブル景気の感覚はよくわからないと書いた

その時期は大学生であり

しかもつくばで暮らしていたせいもあったのだろう

 

当時覚えている違和感というのは

滅多にいかない東京のホームセンターで

日用品である歯磨き粉を10本以上カゴに入れて買い物をしている

家庭を見たことだ

 

「あれは必要で買っているのではなく金余りが起きている」と

そう感じた

 

東京で暮らしていれば

大学生でなければ

もう少し歳が上であれば

 

バブルに沸いた様子というものを

肌で感じられたのかもしれないが

 

 

 

とはいえ、回り回って

なんらかの影響は受けていると

それだけは当時から

考えているのでそれを前提に後半の話を続けていく

 

バブルの頃、成田空港にて

海外に行く先輩を見送りに、この頃は自分も海外に行くなんてゆめゆめ思わず
バスポートを取ったのは社会人になった5年後、実際に海外に行ったのはそれからまた5年後
そんな時代だった

 

バブルが崩壊して不況になり

失われた10年が20年となりまた30年となっている

 

わたしはバブルが崩壊したあたりで社会人になった

つまり氷河期の一期生で景気は元のように回復せず

そのままサラリーマン人生が終わった

 

職場は残業制限、予算削減等々が始まって

そのままであった

 

解せなかったのが

当時流行語、流行歌だった

「24時間働けますか」という言葉

 

不況だったら、お金が入ってこないのでより働かなければいけないのではないか

売れないのだったら売れるためにより考えていかなければならないのではないか

やることがないのなら、やることを見つけるためにより勉強しなければならいないのではないか

 

と、思うのだが

 

あの不夜城となった世界というかエネルギーはどこへ消えたのだろうか

 

残業代が出ないから・・・

というかもしれないが、その時代もすでに

給料は時間当たりで支払うものとは限らないといった概念もあったように思える

少なくとも管理職は残業制ではなかったし

 

 

もう一つ

わたしは理系の研究開発のカテゴリで働いていたのだが

予算の削減で研究が滞ったという話をよく聞かされた

 

それはそれでわかるのだが

では

後々になって

研究成果を評価するときは

そのときは時代によるものの考慮してくれるんだろうか

つまりバブル時期の論文の数は

バブル崩壊後の論文の数を直接比較はできないので

換算する式があるとか

 

 

そんな感じで

たまたまテレビでやっていた

www.nhk.jp

 

をそんなことを感じながら見ていた

 

www.nhk.jp

 

おおまかな話は何度となく聞いていたし知っていたのだが

そんな中で

平均株価40000円、時価総額600兆円をつけたものは

アメリカの金融テクニックによってどれくらい吸い上げられたのだろう

という話は

そういう見方もあるんだとなるほどと思った

 

そう考えた思ったら24時間働いていたものもバブルで

それがどこかへ消えたというわたしの疑問も少し晴れた気がする

 

テレビを見たことで新たな視点と

謎に思っていたものが少し解けたような

そんな感じがした

 

なるほどね、そしてその後に、そして今につながるんだねー

そう思ったのは

ヨーロッパの歴史の本を別途読んでいたので

そこにもつながっていくのだ