つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

今の自分がこう思った それだけでいいじゃないか

昨日今日と見たテレビの中で

「人間の意志・意思というのはあるようでいて

実はそうでもない」というもの*1*2

 

意志がはたらいているようで実はそうでもない

という話には、わたし自身もそうかもなーと共感することはあるが

テレビを見て

・とはいえ達成したいという思いはあるから夢を持つなど

 そういう確率を上げておくことはよいだろう(精神保健福祉という意味でも)

・人間とはあたかも自分で選択してきたんだと意味付けをしたがる

・今の状態があるのは、今の因縁

 

あたりについて考えることになるが

一番目の最初はその通りで

二番目についてはこのブログでもこういったことをよく書いている

 

なんでつくばに戻ったのか

なんで今の仕事に就いているのか

 

理由は一つではないし、説明しようにも困るのだ

困っているのにも関わらず

説明しようとする自分がいる

 

毎日聴いているラジオについてもそうだ

なんで九州の放送局を聴いているんですか?と

九州のリスナーさんに聞かれて

それについて思っているとことを話そうとすると

30分くらいかかる

それだけ理由が見つけられるのだ

 

 

繰り返すが

人間とは過去の選択の意味付けをしようとするものらしい

 

今回衝撃的だったのが

理由はつけられるがそれは理由がつけられる範囲だけである

ということ

 

これを聞いて笑ってしまったし

今までなんでこんなことに時間を割いていたんだろうとも思ったし

もういちいち考えてもしょうがないかとも思えたので

結構気が楽になった

 

それともう一つ

今の自分があるのは

因縁果*3というものであって

 

よいとか、わるいとかそういうものでもないし

 

その時の状態は、その時の因縁

未来はわからないから自分で決めつけない、絶望しない

と考えるらしい

 

わたしはこうも考えられるのではと思った

 

このお寺さん

京都の大文字焼きの山の麓にある

 

わたしは京都に行って

大文字焼きの山を見るととてもうれしくなる

なんでうれしく思うのは

昔見たアニメ「いなかっぺ大将」で大文字焼きのシーンが出て

それがきれいだったのと

そして初めて京都に行った時

その大文字焼きの山が本当にあることを確認して

とてもうれしかったのだ

 

だからわたしは「大」の字が好きだし

むすこの名前に「大」という文字をつけた

 

たとえば、こういうことをブログなり講演会なり、ラジオで話をすることに決めたとしよう

 

わたしは大文字焼きの山の名前を知らないから山の名前を確認しよう

いなかっぺ大将にそういう場面があったのか50年前の記憶だからあやふやだ

それも確認しよう

そもそもいなかっぺ大将のストーリーすらよくわかっていない

一体どこで知ることができるんだろうか

 

本当は物心つくかつかないかの時に一度京都に行っているはずで

近鉄ビスタカーに乗った以外何にも記憶にない

今から関係者に聞いたところでわかるはずもない

 

こんな調子で調べ始めてしまい

調べるのは楽しいのだが

段々と本題の方が進まず楽しくなくなってくるのである

 

むしろ

子どものころ楽しかったものって今見ると

違う感覚になっていることが多くて

そうなるととても厄介だ

 

 

わたしはわたしなりに

どうしてこうなったのかを考えすぎて

理由を探しすぎて楽しくなくなっていたようだ

 

 

学術論文を書いているわけじゃない

因果ばっかり追いかけてもそれだけでは説明つかない

 

今の自分がこう思った

それだけでいいじゃないかと

 

 

なると、

京都に行くと

大文字焼きの山を探しちゃうんだよね

子どものころ見たアニメで知ったんだけど

ほんとにあったと感激しちゃって

 

火が入ったのは見たことない

いつか見れたらなーとは思うけど

 

「大」っていう漢字いいよね

書いているとこっちも大きな気持ちになってくる

 

むすこに「大」っていう漢字を使う名前をつけたけど

書くときすごくうれしい気持ちになる

 

 

 

こんな感じで

思いを綴るってのいいなーと思うし

気が楽だ

 

それでいて楽しい

 

 

 

 

この勢いでもう一つ

 

 

D.J.HIROという名前でラジオを始めたのは

いろは通りというところのお祭りでラジオDJをやったことがきっかけ

職場の近くの住宅街で、なんでこの通りだけ名前があるのか

そもそも通りの名前についても標識がないからわからないんだけれど

昔、いろはという名前の牛鍋屋があったことからそうついたらしい

 

そう信じて10年以上、今日そのことについて書いてある本を見つけた

というかたまたま読んでいた本に書いてあった

 

それを読むとこの牛鍋屋を始めた人って江戸から明治にかけての人で

薩摩藩の関係者だったらしい

へーっと思ったのはわたしが職場は薩摩藩の大名屋敷の跡地だったところで

こんなところにご縁を感じてしまった

 

というおもしろかった一日だった