つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

今を感じられたというのは実は素晴らしいことなんじゃないかと思うのだ

前の日に書いた「今を感じられなかったこと」

これが一連のテーマだ

横浜の高校に進み

大学では横浜を選んだわけではなかったが*1

なぜか横浜の夜景を眺めていた若い時代*2

 

 

今思うと

そこで生活しなかった事実があり

こうして憧れていた事実がある

しなかったことに対して後悔があるわけでもなく

今からしたいと思っているわけではない

 

 

「憧れていたんだよねー」と言える

そんな気持ちは

わたしがラジオDJをやったことの影響が大きい気がしている

 

 

今となっては

若い時代に遡れるわけでもなく

その頃に戻って憧れを抱くことももちろんできない

むしろ

そんな体験をできたことが素晴らしいんではないかということだ

 

 

 

これは自分で撮った写真(20年近く前)

 

この写真は自分で撮ったもの

当時も今も美しい光景だ

 

ただ、この灯りの先に

自分の暮らしは見えてこない

見ようにも建物も通りの名前も知らないし

ここがどんなエリアなのかも知らないから

想像のしようがない

 

言えるのは

「またこんな夜景を見にこられたらいいなー」ということだ

ここで暮らすんだったら

こんな仕事をして、どんな毎日を送ってなど

想像する基盤すらないのである

 

これが横浜だからできたんだ

そうだろう

京都だったら、札幌だったら多少はわかるが

福岡だったらほとんどわからないし

大阪だったらまったくわからない

 

 

 

今を感じるというのは

いや

今を感じられたというのは実は素晴らしいことなんじゃないかと思うのだ

 

 

 

 

 

わたしは

かつてラジオDJをやっていた時に

「懐メロ」を取り上げたことがあり

その中で「カバーソング」について大きな発見があった

 

 

ある曲のリクエストをいただいた時

それは人(世代)によって誰のカバーかということに

もっと注意を向けないと

ということだった

 

そしてそれはその時代を過ごしていないわたしにとって

味わえないものを意味している

いくらそれを調べても感じていないわけだから

踏み込めば踏み込むほど手応えを感じられなくなる

 

なのでわたしはこう考えた

「わたしの知っているバージョンはこれです

 その時聞いてどう思ったか、どんな思い出があるか

 今聞いてどう感じるか」

 

それでいいと思っているし

それがわたしは楽しい

 

それで10年が経った

そして今を感じられることは

このことにつながっている

 

 

具体的な曲をあげて

話を続けたいがそれはまた次の日に

*1:選ぼうと思えばできたと思うがそうはしなかった

*2:20歳から25歳頃