つくばカウンセラー夫婦の日記

お互いがカウンセラーの小学校の同級生夫婦が日頃考えていること、感じていることを日記形式でつづっています

交通が発達すると人口が集中し過疎が起きる つまり疎密を作り出す 本当かな??

今日たまたま文献を読んでいて

江戸以前、明治から大戦まで、戦後に分けて

人々の暮らしについてあれこれと考えてみた

 

考えたのは行動範囲であって

江戸より前ってどれくらいの生活圏だったんだろう

 

明治から大戦までは??

 

そして今は??

 

 

多分だけど

わたしの人生で1時間を大きく超えるような通学・通勤の経験はない

1時間くらい当たり前でしょと言われるかもしれないが

ドアトゥドア

つまり家を出てタイムカードを押すまでが1時間だとすると

交通機関に乗っている時間は20分(長くて30分)くらいになる

 

となると、わたしの場合

8:30がスタートであれば7:00に家を出れば余裕で間に合う場所が

生活圏ということだ

 

これを距離にすると

都内だと10キロくらいなのかなと思う

遠くても20キロ

 

そう考えると交通が発達していない時代だと

遠くて数キロが生活圏ということだ

 

 

では

交通が発達すると人口が集中し過疎が起きる

つまり疎密を作り出すのに対し

 

発達する以前には

適当に分布する

 

そう考えたいのだが

それを表すモデルはあるのだろうか

 

ちょっと考えてみたい

 

(ここまで書いて、眠くなってしまったので続きを書く)

交通網・通信網のことを書いたが

職場がどこにあるかという点

つまり

たとえば農業などで自給自足の生活をしていたらとすると

農地に近いところに住み、また農地の広さの関係で周囲との密集度が変わって

来るのではないかと考えた

 

 

(わたしが親戚のことを書くのはわたしの身内だからわたしはいいと思うが

他の親戚がどう思うかわからないのでここでは場所を特定せず伏せて書く)

 

明治初期の戸籍でわたしの直系にあたる方は4名

うち今もその場所もしくは近くに末裔がいらっしゃると思われるのは1軒*1

その方は今も農業をされていると思われる*2

 

こうしてわたしがルーツを調べているのは

なぜわたしが今ここにいるのかの道のりを辿っているからで

1000キロも離れた場所でわたしが今ここで暮らしている不思議さに興味があるからだ

 

ここに仮説を置くが

上記4軒のうち1軒が農業、うち3軒が農業以外の仕事に変わったとすれば

そこが1つの考えるポイント

 

 

一般的に

第一次産業から第三次産業へとシフトしてしまうとそこに経済合理性が働いて

より安く便利な方に人は移住する

ただし、それはその人が若いうちでの経済合理性で

はたしてその人にとって、またその地域にとってどうなんだろうなーとは思うところだ

 

 

わたし自身の人生をふりかえれば

より稼げて、より高い教育を子どもに受けさせられて、

わたし自身より楽しい文化に触れられるということで

都会暮らしに憧れ、実際にそうしたが

会社の定年のタイミングと自分の健康を考えて

またそこで経済合理性が働いて都会から離れた

 

もし自分が50歳を過ぎたら

価値観が変わるということを知っていたら

どういう選択をしたのだろうかと

それは考える*3

 

 

人・まち・国と

それぞれが経済合理性で動くとしたら

「まち」の立場ってどうなるんだろう

 

戦後の高度経済成長時期に若い労働力が必要だという国策で

多くの若者が都会に集まったと言われているが

それを国の視点から

そうして集めた都会の高齢者たちと

また人が減った地方がどう見えているのだろうか??

 

 

大都市ABに挟まれたCという町がある

古くからABを結ぶ街道の宿場町としてCは栄え

その後、国道、鉄道も通りそれなりににぎわいを見せるが

やがて人口減となりB近隣の町に吸収された

その後ABを結ぶ交通も別ルートを通ることが決まり

Cの今後はどうなるのだろうか

 

 

 

 

今までのわたしの考えでは

Cは人口減となって町の機能が維持できなくなったとあるが

維持できた過去には維持できるだけの理由があり

(産業であるとか、ここでは交通上のメリット)

その必要がなければ変わっていくのは他の地域の歴史と同じと思っていた

 

 

 

 

今回の考察で

その地に新たに人を呼び寄せるものがまだなくても

せっかく集まって住んでいることが

転出しなくてもいい暮らしというものを街は提案できたのではないかという

ことを考えられなかったのか

という発想が思いついた

 

職業選択や住所の選択の自由があり

経済合理性が働いたら

人は移動するしそれを止めるような強制力はないが

強制力はなくても

施策などで何か打ち出せないかということだ

 

わたしは転勤先の住宅で横浜を考えていたが抽選に外れ世田谷に住んだ

その時の家賃差は5万円から6万円だったと記憶しているが

クルマを手放して、むすこたちを塾に行かさずわたしが勉強を教えれば

なんとかなる

 

そういう経済合理性が働いた

 

ここでいうと

クルマがなくても暮らせる街で

かつ

小学校のレベルが高かったので、わたしが家庭で教えるだけで

塾に行く必要がなかった

 

これが、今日提案した

転出しなくてもいい暮らしの考えにつながっている背景かもしれない

 

 

今、わたしはつくばの南部の住宅街に住んでいる

今の年齢でコロナ後遺症がなければクルマなしでも生活できる

 

クルマがないと困るのは、役所に行く時と通院だ

あと、図書館

 

偶然?にも行政の手続きに関するところで話がまとまってしまった(笑)

*1:もう一代遡ると8軒になるが、調査中

*2:直接確認を取ったわけではないが

*3:それでも子どもたちの教育を考えて都会に行ったと思うが